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横浜、電撃ノリ獲得の裏事情とは…

 横浜入団が決まった中村紀。今さら感が漂うが、ノリ獲得のメリットとは?

 晴れてプータロー脱出! 横浜は23日に昨年限りで樂天を戦力外になっていた中村紀洋内野手(37)と、トライアウトを受けていたルイス・ゴンザレス投手(28)の獲得を発表。昨24日に、すでに再入団が決まっていたスティーブン・ランドルフ投手(37)とともに横浜市の球団事務所で入団会見を行った。

 中村は、近鉄を皮切りにドジャース、オリックス、中日、樂天と渡り歩いて横浜が6球団目。近鉄時代は「いてまえ打線」の中核を担い2000年、2001年と2年連続で打点王となり、2002年から2004年までの年俸は5億円プラス出来高払いと、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。しかし、その後は右膝などの故障の影響もあって下り坂。テスト生としてキャンプに参加し、育成枠で中日に入団した2007年の当初の年俸はわずか400万円だった。樂天移籍後も2年で戦力外に。本人は現役続行にこだわり、オファーを待ち続けたが、キャンプ、オープン戦、公式戦開幕を過ぎてもどこからも声がかからず、兵庫県西宮市内で孤独な自主トレを続けてきた。

 急転、横浜から声が掛かったのは22日の朝だった。横浜の加地隆雄球団社長(70)が「おいノリ、本気でやるか?」と尋ねると、中村は「もちろん、やります!」と即答。「電話を切った後、泣いてしまった。家族全員で泣いて喜んだ」という。加地社長は「戦力外通告を受けた後、実はずっとウオッチングしていました。彼は東日本大震災の被災地にも、すぐ毛布6500枚を送った。中村君の人間としてのすばらしさに感銘を受けていた」と獲得に至った経緯を説明した。

 年俸は500万円プラス出来高払いの1年契約で、背番号は樂天時代と同じ「99」。格安な買い物ではあるが、問題は本当に使えるのかどうかだ。

 中村自身は「プロ20年目で体は一番いい状態。自分に期待している」と話すが、三塁には今季から主将に就任した村田修一内野手(30)がおり、一塁には今季2年目のブレット・ハーパー内野手(29)がいる。24日現在、4番を打つ村田は打率.300、6本塁打と好調で、5番のハーパーも打率.263、5本塁打とまずまず。ハーパーとの併用も考えられるが、一塁手の候補には昨オフにオリックスからトレードで獲得した一輝(嶋村一輝)内野手(29)のほか、2009年のドラフト1位、筒香嘉智内野手(19)もいる。特に筒香は将来の大砲候補で、すでにイースタンで7本塁打(24日現在)を放っている。中村に出番があるとしてもせいぜい代打要員、あるいは交流戦でのDHといったところだ。

 「どこからも声が掛からなかったのに、なんで今さらノリ?」と誰もが不思議がるのも無理はない。球団としては、村田やハーパーが万が一故障した際の“保険”の意味合いもあるようだが、それ以上の理由は話題性だ。何しろ、年俸500万円といえば、全盛期の100分の1。ここから見事、復活を果たせば、格好の“ドラマ”となる。

 案の定、裏では横浜の親会社、TBSが動いていた。以前よりTBSは中村とその家族のドキュメンタリー番組を作るため、密着取材を続けていた。オファーを受けて家族で赤飯を炊いて喜ぶシーンも収録。また、中村は23日夜に兵庫県内の自宅を車で出発し、約6時間かけて横浜に到着したが、これにもTBSの取材クルーが同乗していた。この時期になっての突然の中村獲得は、多少なりともTBSサイドの意向が働いていたようだ。

 もっとも、2軍暮らしのままでは、せっかくの“復活ドラマ”も締まらない。加えて、個性の強いキャラクターだけに、横浜ナインに与える“化学反応”も気になるところだ。

 中村は会見後、早速横浜スタジアムを訪れ、尾花監督やナインにあいさつ。同じ右のスラッガー、村田からいきなり「全力疾走、できますか?」と軽いジャブを受けると、「おう、できるよ。お前が先に(足の筋を)切るなよ」と応酬した。

 中村は三浦大輔投手(37)と並ぶチーム最年長。三浦は「ハマの番長」としてチームのリーダー的存在だったが、今は村田が主将としてチームを仕切っている。中村の加入は、いきなり他校の“番長格”が転校してきたようなものだ。村田にとっては格好の刺激材料ともいえるが、全面衝突ともなればチームが空中分解してしまう危険性もはらんでいる。

 中村の入団については横浜ファンの間でも「打線に厚みが増す」と歓迎する声がある半面、「もうとっくに終わっている選手。将来を考えれば若手を積極的に使った方がいい」などと賛否両論が渦巻いている。果たして、ノリの加入は最下位脱出の起爆剤となるのか、それとも…。

(成績は2011年5月24日現在)


[ 2011/05/25 09:12 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)

悲運の沢村、また勝てず…

巨人 1-4 オリックス(5月23日、東京ドーム、観衆=39857人)

 巨人は22、23日のオリックス戦に連敗。それにしても、沢村の勝ち運のなさときたら…。

 巨人のドラフト1位ルーキー、沢村拓一投手(23)がまたもや“見殺し”にされた。巨人は23日、東京ドームでパ・リーグ最下位のオリックスと対戦。今季7試合目の先発となった沢村は序盤から好投し、一回裏には2死一、三塁から阿部のライト前ヒットで早々と1点の援護をもらった。

 だが、四回、田口、李承ヨプの連打で一、二塁とされ、2死後、大引のレフトへのタイムリーヒットで同点に。それでも7回を投げ抜き、6安打1失点。プロ初の2桁となる11三振を奪った。巨人は八回からは久保、九回には越智とつないだが、越智が簡単に2死を取った後、オリックス先発の寺原隼人投手(27)がそのまま打席に入った。普通なら代打を送られるケースだが、七回を投げ終わった時点で岡田監督から「きょうはおまえで最後までいく」と完投指令が出されていた。連投の投手陣を休ませるためだ。

 とはいえ、プロ10年目の寺原は、昨年までの4年間、横浜でプレーしたものの、9年間の通算打率はわずか.126にしか過ぎない。普通に考えれば“安パイ”。早々と凡退して次のイニングに向けて体力を温存する手もある。しかし、寺原は追い込まれながらもファウルで粘り、9球目で四球を選んで出塁した。「投手が出塁すれば雰囲気も変わる。相手投手は『やっちゃった』という気持ちになる」と寺原。その言葉通り、越智は動揺したのか、続く坂口が投手強襲の内野安打で続き、途中出場の山崎浩が左翼へ3ラン本塁打を放った。その裏、寺原は巨人打線を三者凡退に抑え、今季3勝目を挙げた。

 沢村は、負けこそつかなかったものの、4月21日の阪神戦(甲子園)で初勝利して以来、5試合続けて白星なし。もう1カ月以上勝ち星から見放されているとあって、「プロでやる以上、結果が全て。ゼロに抑えられなかったのが悔しい。1勝するのは難しい」と脣を噛んだ。

 沢村の初先発となった4月15日の広島戦(マツダスタジアム)は6回2/3を2失点と好投するも、試合は4-4の引き分け。4月21日の阪神戦(甲子園)で7回を1失点で初勝利を挙げたが、4月28日のヤクルト戦(静岡)は7回1/3を4失点で初黒星。5月5日の阪神戦(東京ドーム)では6回1/3を2失点で負け投手となり、5月11日の横浜戦(東京ドーム)は7回を4失点で自身3連敗。その後、前回登板の5月17日の楽天戦(Kスタ宮城)では6回を3失点で勝ち負け付かず、この日も勝てなかった。ここまでの防御率は2.47とセ・リーグの8位に付けているのだが、沢村が登板した7試合の平均得点は2.29と援護に恵まれていない。

 原監督は「3、4、5、6番がチャンスで束になり、4人で点をもぎとってもらわないと。“スミ1”ですしね。投手は責められないでしょう」と打てない打線を敗因に挙げ、沢村をかばった。敵将の岡田監督も「真っすぐに力があったし、評判通りええ投手よ」と評価した。好投しながらも勝ち星に恵まれないのは、もう「持ってない」としかいいようがない。

 一方、この日133球の力投を演じた寺原もある意味、“持っていない男”だった。寺原は2001年のドラフトで、ダイエー(現ソフトバンク)、巨人、中日、横浜の4球団が競合し、ダイエー入り。ルーキーイヤーに6勝、翌2003年に7勝を挙げるなどしたが、2006年オフに多村仁とのトレードで横浜に移籍した。横浜時代の4年間は21勝31敗22セーブ。特に巨人戦に弱く、ここまで巨人戦には2勝12敗とやられっぱなしだった。この2勝はリリーフで挙げたもので、先発に限れば2007年5月16日に黒星を喫して以来、実に対巨人戦11連敗。昨年3月には、登録名を「寺原隼人」から「寺原早人」に改名したりと験担ぎも試みたが、昨年は4勝3敗に留まり、オフにはオリックスにトレードに出された。

 「自分でも巨人戦未勝利というのは気付いていました。セ・リーグに移って巨人に勝つことがひとつの目標でした。横浜では出来ないままパ・リーグにまた戻ったけど、やっと達成できました」と笑顔を見せた寺原。12度目の挑戦でようやく手にした巨人戦勝利は、9回を一人で投げ抜き、粘って四球で出塁し、自ら決勝のホームを踏むという執念のたまものだった。

 足掛け5年、11連敗と“産みの苦しみ”を味わった寺原に比べれば、沢村の1カ月ほどの勝ち運のなさは、「まだまだ」と言えるかも…。寺原ほどの執念と根性を見習えば、沢村がトンネルを抜け出す日も、そう遠いことではないかもしれない。

(成績はいずれも2011年5月23日現在)


[ 2011/05/24 08:22 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)

黒虎でも勝てず…真弓解任は必至!?

阪神 1-2 西武(5月22日、甲子園、観衆=46847人)

 打てない守れないで4連敗を喫した阪神。このままでは真弓監督の責任問題に…。

 交流戦3カード目となった22日、阪神は今季初めて本拠地・甲子園に西武を迎え入れた。阪神は今年の交流戦のホーム限定で、「ダイナマイト打線」と呼ばれた1948年~49年の大阪タイガース時代のビジター用ユニホーム、別名「黒虎」を着用する。“黒”といっても実際は濃紺なのだが、当時は阪神の永久欠番(10番)となっている藤村富美男や別当薫、土井垣武らが活躍した時代で、史上最強の打線を誇った。阪神は昨年8月17日~19日、8月24日~26日の「グレートセントラル・オールドユニホームシリーズ」でもこの「黒虎」を着用し、6試合を4勝2敗、60得点を挙げて「平成のダイナマイト打線」と呼ばれた。

 だが、今年の「黒虎」初戦は、何とも後味の悪い敗戦となった。放った安打は西武の7安打に対して阪神が8安打と上回ったが、これがかみ合わない。

 四回は先頭の平野がライト前ヒットで出塁したが、続くマートンが投ゴロ併殺。五回は先頭の金本がライト前ヒットで出塁したが、続く城島が三ゴロ併殺。七回は先頭のマートンが四球で出塁したが、続く新井貴が投ゴロ併殺。八回は先頭の城島が四球で出塁したが、続くブラゼルが二ゴロ併殺。延長十一回も先頭の桧山がセンター前ヒットで出塁したが、続く林が遊ゴロ併殺…。

 無死から7度も走者を出しながら、そのうち5度までが併殺とあっては勝てるはずもない。5併殺は阪神の球団ワーストタイ記録。ちなみにプロ野球記録は「6」だ。好機をことごとく潰すシーンを5度も繰り返し見せられてはファンもたまらない。4万6847人の観衆で埋まった甲子園は、虎党のため息と怒号に包まれた。

 阪神は六回、西武フェルナンデスの6号ソロで先制された直後に、2死一、三塁から一塁走者の平野の挟殺プレーの間に38イニングぶりとなる1点を奪ったが、猛打爆発どころか、終わってみればこの1点だけ。そして延長十一回には、小林宏が1死一塁から暴投と城島の悪送球で三塁にまで走者を進められ、2死後、フェルナンデスを敬遠。そして代打・平尾にレフト前ヒットを打たれて敗れた。小林宏は今季2敗目だが、救援失敗はこれが4度目となる。防御率は4.20と、とても2年総額5億円の年俸に見合う活躍とはいえない。貧打に加えて、小林宏の相変わらずの“決壊ショー”。これで阪神は22日現在、借金6でリーグ5位。最下位の横浜には0.5ゲーム差に迫られている。

 虎党の罵声が続く中、試合後の真弓監督はいつになく捨て鉢だった。5併殺については「全部打たしたんやから、しゃあないけどな」。38イニングぶりの得点も「向こうに助けられたみたいなもんやけどな」。小林宏に2イニングを任せたのは期待の表れか?の問いには「そうやな」と一言。そして、あと1本が出ない打線については「そんな自分に重圧をかけなくてもいいんやけどな。どんなに併殺打っても、自分で(サインを)送ってないんやから、監督の責任やろう」と自虐的に自らの“責任”に言及した。

 この日は、前日(21日)のソフトバンク戦(ヤフードーム)で初スタメンでヒットを放った新井良、柴田を先発から外し、逆に手負いの平野、不振の金本、ブラゼルを先発で起用。3番にはマートン、5番には金本と3試合連続で打線を組み替えたが、チグハグさが際立つ格好となった。

 22日現在、阪神のチーム打率.244はリーグ3位だが、90得点はリーグ最少だ。阪神の打撃不振は開幕からの懸案事項だったが、それが改善されない以上、後はベンチワークで補うしかない。それが、ただ漫然と打たせるだけの無策ぶり。ある評論家は「点が入らないのだから、無死から走者を出せば、たとえクリーンアップだろうが送らせたり、エンドランをかけたり、小技をからめてもいいはず。『4番だから』『クリーンアップだから』といった“名前”にこだわりすぎているのではないか」と、真弓監督の「ノーサイン」に首をかしげる。継投策にしても、今ひとつ信頼の置けない小林宏にイニングをまたがせるなど、大いに疑問が残る。

 虎の総帥、坂井信也オーナーは、今季初の4連敗を見届けると、報道陣からの問いかけにも全く応じず、無言のまま球場を後にした。真弓監督は、就任1年目の2009年が4位。昨年は2位に入ったが、クライマックスシリーズのファーストステージでリーグ3位の巨人に連敗して敗退。そのオフに新たに2年契約を結んでいる。契約上はあと“もう1年”残っていることになるが、この世界の契約はあってないようなもの。“もう1年”どころか、シーズン途中での解任すらあり得る。

 日本プロ野球選手会が5月9日に発表した12球団の今季年俸調査(選手会所属の支配下登録選手対象)で、阪神は平均年俸5546万円で3年連続のトップ。年俸総額34億9390万円、開幕1軍選手の平均年俸1億1136万円もともに1位で“3冠”を達成している。坂井オーナーが「それだけいい選手が多いということですから。それに見合うだけの活躍をしていただいたらええことですわ」と話した通り、優勝を狙えるだけの戦力は十分、整っているはずだ。これを生かせないとなれば、指揮官の資質が問われても致し方ない。

 このまま阪神が浮上せず、3年連続でV逸ともなれば、“真弓監督解任論”が噴出するのは必至の情勢だ。阪神ファンの間でも「ポスト真弓は誰か?」といった話題が取り沙汰されるようになっている。果たして、この難局をどう乗り切っていくのか…。真弓監督にとっては早くも正念場だ。

(成績はいずれも2011年5月22日現在)

[ 2011/05/23 09:37 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)

由規、見せるか東北魂

 交流戦はきょう20日から2カード目に突入する。本拠地・Kスタ宮城で巨人に2連敗を喫した楽天は、セ・リーグ首位のヤクルトを迎え撃つ。

 その初戦でヤクルトの先発マウンドを託されたのが仙台出身の由規投手(21)だ。3月11日の東日本大震災発生後、ずっと気にかけていながら仙台に戻ることができなかった。ヤクルトナインは昨19日、新千歳空港から空路で仙台入り。由規は、久しぶりの故郷の空気に「何となくホッとしている」と話したが、その直後に想像を絶するような現実を突きつけられた。

 空港から宿舎まではバスで仙台東部道路を北上。車窓から見る光景に言葉を失った。徐々にがれきの撤去が進んでいるとはいえ、まだ陸上には漁船が取り残され、田んぼには車が突き刺さったまま。改めて津波被害のすさまじさを目の当たりにした。

 「ちょっと言葉が出てこない。通ったことのある道が変わってしまった。でも、現実は受け止めなきゃいけない」

 そう話した由規の表情は硬い。今回の震災で仙台市内の実家も被害を受け、仙台育英でバッテリーを組んだ1学年上の先輩・斎藤泉さん(享年22)を亡くしている。この日、調整を行ったKスタ宮城は、その斎藤さんとの思い出の地だ。仙台育英2年夏の県大会決勝で東北と激突。由規は延長十五回を投げ抜いて0-0の引き分け、再試合では7安打2失点で完投し、6-2で優勝を決めた。その2試合で捕手を務めたのが、斎藤さんだった。

 斎藤さんの遺体が確認されたのは4月27日の巨人戦(静岡)の登板直前。由規は、兄・史規さん(24)からの電話に呆然と立ち尽くした。この日は降りしきる雨の中、二回以降、毎回ランナーを背負う苦しい投球内容だったが、味方打線の援護もあって、5回4安打1失点と粘って2勝目を挙げた。試合後、由規はウィニングボールをそっと鞄にしまった。

 開幕からの先発ローテーション通りなら、由規は仙台では投げないはずだった。それが、5月10、11日の中日戦(金沢、富山)が雨で流れたため、なかったはずの仙台での凱旋登板が実現した。

 「自分でも何か持っているな、という感じがする。自分の使命だと思って気持ちをつくってきた。勝たなきゃいけない」と由規。今回は亡き先輩の両親を球場に招待した。「とにかく笑顔を取り戻してもらえるように、僕が何とか…」と特別な思いを胸にマウンドに上がる。

 由規はここまでリーグトップタイの4勝(1敗)、防御率はリーグ2位の1.80と好調。一方、楽天の先発はここまで2勝1敗、防御率1.66と同じく好調な田中将大投手(22)だ。交流戦では予告先発はないが、楽天の星野監督は「うちは田中でいく。ファンにも楽しんでもらえるだろう」と明言。ヤクルトの小川監督も「マー君と由規が投げ合うことで、見ている方々が明るい気持ちになる時間を持ってもらえれば」と好敵手の投げ合いに期待を寄せた。

 由規と田中の対決は過去2度ある。初対戦は、2009年5月20日のKスタ宮城で、由規にとってはプロ入り後初の地元登板。7回1失点と好投したが、田中が2安打完封で勝利している。2度目の対戦は昨年6月13日のKスタ宮城で、由規が7回2/3を5安打1失点と好投。田中も7回まで無失点だったが、8回に押し出し四球などで2失点し敗れた。ここまでは1勝1敗と互角だ。

 田中は「ヤクルト打線は好調だが、あまり気にしていない。自分の投球をするだけです。前回は負けてますからね。今度は頑張りますよ」と後輩に譲る気持ちはさらさらない。由規も「先にマウンドを降りないように。とにかく楽しんでもらえればいい。思いをかみしめながら」と重い使命を背負って先発マウンドに臨む。

 ともに震災の痛みを知る由規と田中。勝敗を越えて、ファンの心を揺り動かすような両投手の投げ合いに期待したい。

(成績はいずれも2011年5月19日現在)


[ 2011/05/20 07:47 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)

ダルと中田の“怪しい”関係…

日本ハム 3-0 ヤクルト(5月18日、札幌ドーム、観衆=23959人)

 日本ハムが好調ヤクルトを止めた。好投したダルビッシュを援護したのは、またしても中田…。

 ここまで4連勝でセ・リーグの首位を行くヤクルトを日本ハムが止めた。札幌ドームでの日本ハムvsヤクルト戦、この日の日本ハム先発はダルビッシュ有投手(24)。序盤こそ直球が「狙ったコースに投げられなかった」と苦しんだものの、ツーシームを多投して好調なヤクルト打線をわずか5安打に封じ込めた。

 ダルビッシュが「あそこが一番のポイントだった」と振り返ったのが、六回、1死一、三塁のピンチ。打席には打率.385、13本塁打と当たりまくっているバレンティンが立った。「ツーシームで強い遊ゴロを打たそうと思っていた。普通のツーシームで横に曲げるとバットが折れたりする。ちょっと落とすぐらいが、芯の近くに当たってゴロになると思った」とダルビッシュ。真ん中低め、150キロの初球に手を出したバレンティンの打球は注文通りに遊撃正面へ。併殺に打ち取ってこの回を切り抜けると勢いに乗った。8回を127球で5安打無失点。九回は武田久が三者凡退に抑え、ダルビッシュが通算80勝目を挙げた。

 ダルビッシュは4月12日の開幕戦(対西武、札幌ドーム)こそ、7回を7失点という乱調で黒星スタートを切ったが、その後は4月19日のオリックス戦(ほっともっとフィールド神戸)から破竹の5連勝。防御率2.20と安定している。その勢いは好調ヤクルト相手でも止まらなかった。

 今季2度目の完封負けを喫したヤクルトの小川監督は「今日は何もないですよ。ダルビッシュは、決してビタビタというわけではなかったが、ああいう投手からはなかなか安打は続かない。チャンスは六回にありましたけど、結果的にはゼロなので完敗です」と素直に負けを認め、伊勢総合コーチも「ダルビッシュは序盤は制球がよくなくてスライダーに頼っていたが、2点目を取られてからは直球も来だした。やはり日本一の投手」とお手上げだった。

 ところで、この試合でまたしてもダルビッシュを援護したのが、プロ4年目にしてようやく主力に定着しつつある中田翔外野手(22)。二回、1死から稲葉が右翼フェンス直撃の二塁打で出塁し、続く中田がこの日登録されたばかりのヤクルト・山本斉のフォークをセンター前に弾き返して、先制のタイムリーを放った。また、六回には1死から四球で出塁。ホフパワーの中前打で二塁に進み、続く大野の一塁への浅いファウルフライでなんと、タッチアップ。三塁を陥れると、金子誠の左前タイムリーで2点目のホームを踏んだ。

 伊勢コーチが話した通り、この2点目の援護を受けてから、ダルビッシュが波に乗りだした。中田は先制タイムリーを「多少詰まったけど、先に点を取れてよかった」と振り返り、まさかのタッチアップについては「足が遅い分、警戒されていない。スキを突いていけました」としてやったりの笑顔を見せた。

 ともに甲子園で活躍したダルビッシュと中田。片やクールなイケメン、片やコワモテ風のいかつい顔立ちとルックスは対照的だが、この2人には不思議と縁がある。そもそもの発端は2007年12月の入団会見で、「対戦したい投手は?」と聞かれた中田が「ダルビッシュさん」と珍回答。これを聞いたダルビッシュはズッコケたが、以降、かわいがられることになった。時には「2軍で本塁打を打ってもしようがない」「走ってないだろ。腹を見せてみろ。日焼けサロンに行き過ぎだ!」などと辛口なダメ出しをされることも多かったが、それも、かわいい後輩を思ってのことだ。ダルビッシュの3歳年下の実弟の名前も「翔」で、ダルビッシュにとっては出来の悪い弟に手を焼く兄貴のような感覚だったのかもしれない。

 そして、昨年8月6日の楽天戦(札幌ドーム)。ダルビッシュは四回までに4失点と苦戦していたが、中田が六回に同点ソロ、七回にもダメ押しの3ランとプロ初の連発で逆転した。いつもは辛口なダルビッシュも、この時ばかりは「中田さんのおかげ」と苦笑しながらも“さん付け”で後輩を称えた。

 今年に入ってからは、5月3日のオリックス戦(京セラドーム大阪)で八回まで好投していたダルビッシュが、九回に追いつかれて降板。延長十回の二死満塁から中田が右中間を破る走者一掃のタイムリー三塁打を放ってダルビッシュの3勝目をアシストした。さらに、5月10日の楽天戦(Kスタ宮城)でダルビッシュは、楽天のエース・岩隈と息の詰まるような投げ合いを演じたが、中田が六回にセンターへ決勝の2ラン。2-0で完封勝利を収め、ダルビッシュは「本当に打ってくれて、楽に投げられた」と感謝の言葉を口にした。

 そして、この日の先制打と、これで3試合連続でダルビッシュの登板日に中田が決勝打を打ったことになる。中田は18日現在、打率.291、5本塁打、24打点だが、ダルビッシュの登板日に限ると、23打数7安打で打率.304、6打点を挙げている。この相性の良さについて中田は「いつも同じ気持ちで打席に入っていますが、ダルさんのときは特に、早めに点が取れれば有利になりますから。先に点を取れればと、いつも考えています」と話す。ダルビッシュも「試合前の準備、走塁、守備が課題だったので、ちゃんとやったからいいんじゃないですか。心強い」と弟分の成長を頼もしく感じているようだ。

 「最近はあまり一緒にメシを食いに行ったりすることもない」という2人。プライベートでもベッタリ付き合っているというわけではない。だが、ブログやツイッターといったITツールを軽々と使いこなすダルビッシュに対して、中田はどうもこの分野が苦手。オフィシャルブログを立ち上げたのも昨年7月からで、ツイッターを始めたのは今年3月17日からだ。「今ひとつ使い方がわからない」という中田に対してダルビッシュがアドバイスし、自己紹介文はダルビッシュが“代筆”。「北海道日本ハムファイターズの中田翔のツイッターです。生意気なイメージがありますが、実は素直ないい子です。byダルビッシュ有」と記している。グラウンド上では、先輩・後輩として適度な距離感を保ちつつも、両者の関係は極めて良好なようだ。

 プロ7年目でさらに凄みを増した“絶対的エース”、そして4年目にしてようやく覚醒した“怪物”…。注目ルーキー、斎藤佑樹投手(22)の故障離脱でちょっと注目度の薄れた感のある日本ハムだが、“ダル&翔”のコンビは、今後も北海道を大いに盛り上げていきそうだ。

(成績はいずれも2011年5月18日現在)


[ 2011/05/19 09:53 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)
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I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes...or should I?

Author: 本間 普喜
(ほんま ひろき)

1963年5月7日、横浜生まれ
1987年、産経新聞社入社
職業:ライター
好きな食べ物:極上の本マグロ、アルコール類全般…
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