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アンドレ・ロッテラーさん

アンドレ・ロッテラー

 フランス西部、ル・マン。あの東日本大震災の発生から3カ月後の2011年6月11~12日、24万9500人の大観衆が詰めかけたサルト・サーキットに日の丸の旗が翻った。「Bon Courage, Japon(頑張れ日本)」のメッセージとともに、数多くの激励のサインで埋め尽くされていた。

 「昨年は日本にとって大変な一年でした。私のレーサーとしての一番重要な部分は日本で培われたもの。その感謝の気持ちを込めて、世界最大のモーターレースのイベントで、私の気持ちを伝えたかった」

 2003年からはフォーミュラニッポン、全日本GT選手権など、日本を主戦場としてきた。いわば、日本は第二の故郷だ。

 「日本では多くの重要なことを学びました。私の人生のターニングポイントと言ってもいい。ここでトップレベルの経験を積むことで、ル・マンにも参戦できる機会を得られました」

■雨中の死闘

 この年のル・マン24時間レースは、史上まれにみる大激戦となった。時折雨の降る悪コンディションの中、エントリーした56台のうち、完走できたのはわずか28台。実に半数のマシンがコースから姿を消した。

 前年優勝のアウディチームもエントリーした3台のRTDIのうち、スタートして1時間もしないうちに3号車がコースアウト。約8時間後、今度は前年優勝の1号車が、周回遅れのフェラーリ458GTCをパスしようとして接触し、ガードレールに激突、大破した。

 「チームメートがリタイアしたことで、正直、『今度は自分の番か…』と不安にも思いました。しかし、すぐに気持ちを切り替えて、自分のベストを尽くすことに集中しました」

 唯一残ったアウディ2号車は、最大のライバル、プジョー勢の猛追を受けることになる。燃費性能に優れるプジョーは1回の給油で12周できるのに対し、アウディは11周ごとに給油作業を行わなければならない。アウディチームは、このハンディを持ち前のスピードと迅速で正確なピットワークで補った。

■薄氷の勝利

 猛烈なプレッシャーを受けながらもアウディ2号車は必死に逃げる。その差は最後のピットインの際には、6秒にまで縮まっていた。そして、スタートから24時間後の日曜日の午後3時、アウディ2号車は1周13.629㎞のサーキットを355周し、チェッカーフラッグを受けた。2位に入ったプジョー9号車との差は、紙一重ともいえる13秒854。まさに、死闘と呼ぶにふさわしい壮絶なバトルだった。

 「正直、私にも最後の最後まで結末は読めないでいました。何しろ50回もトップが入れ替わる熾烈な展開でしたから。でもその分、勝てたときの喜びは大きかったですね」

■感謝の一年

 この年は、フォーミュラニッポンでもエントリーした6レース中5勝(残り1レースは2位)という圧倒的な強さで念願のシリーズチャンピオンに輝いた。

 「昨年は周囲から素晴らしいサポートを受けることができました。メカニック、家族、オフィシャルパートナーのタグ・ホイヤー。そして何よりも、応援してくれた日本のファンに感謝したい。今年もエントリーするからには、勝つつもりでいます。私にとってレースとは人生そのもの。今年もきっと、いい走りをお見せできると思いますよ」

(本間 普喜)

 ■アンドレ・ロッテラー(André Lotterer) 1981年11月19日、ドイツ・デュイスブルク生まれ。2歳からベルギーのフランス学校で教育を受け、英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語の4カ国語を話す。日本語は「レストランやタクシーなどで〝サバイブ〟できる程度」。7歳からカートを始め、16歳で4輪デビュー。F1のテストドライバーなどを経た後、2003年から中嶋悟氏率いるNAKAJIMA RACINGに加入。06年からは、トヨタ陣営のTOM’Sに移籍。06、09年はSUPER GT・GT500クラスでシリーズチャンピオンとなった。身長184㌢、体重76㌔。




ロッテラーさんにインタビューしたのは2012年4月。まだ、シーズン前でしたので、前年のルマンのことを中心に聞きました。
そして、2012年6月のルマンで見事に連覇!
本当にカッコイイ!
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[ 2012/04/25 17:59 ] モータースポーツ | TB(0) | CM(0)
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I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes...or should I?

Author: 本間 普喜
(ほんま ひろき)

1963年5月7日、横浜生まれ
1987年、産経新聞社入社
職業:ライター
好きな食べ物:極上の本マグロ、アルコール類全般…
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