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“星野楽天”の弱点とは…

 楽天は来季の監督候補として一本化している阪神の星野仙一シニアディレクター(SD=63)に対し、あす8日にも正式に監督就任を要請する。

 星野SDが受諾するのは濃厚で、6日夜には巨人の渡辺恒雄球団会長(84)も「最高の人事だろう。楽天が強くなる。もし、星野が行ってくれればだよ。他の球団も、われわれも、交流試合のときに“星野楽天”と戦うと視聴率が上がる。ああいう人が入ってきてくれるのはいいんじゃないか」と歓迎の意向を示した。

 かつて渡辺球団会長は、星野SDについて「ONに次ぐカリスマ性がある。ONの後継者だ」と絶賛したこともあり、来季の“星野楽天”への期待は高いようだ。確かに、中日監督として1988年、1999年と2度リーグ優勝。阪神監督としても最下位だったチームを立て直し、2003年に18年ぶりのリーグ優勝を達成している。楽天再建のためにはうってつけの人物ともいえる。

 しかし、その一方で球界関係者の間では「北京五輪の時と同じように失敗するのではないか」と不安視する声も聞かれる。2008年、「金以外のメダルはいらない」と自信満々で乗り込んだ北京だったが、結果は大惨敗の4位。日本中から大ブーイングを浴びた。中日、阪神時代と北京五輪ではどこに差があったのか? 突き詰めればそこに星野SDの最大の“弱点”がある。

 球界関係者は、「北京での失敗は参謀不在がすべて」と言い切る。確かに、中日、阪神時代は星野監督の傍らに、名参謀との呼び声が高かった島野育夫氏がいた。星野氏も全幅の信頼を寄せ、ベンチワークの全権を任せていた。3度のリーグ優勝も島野氏の功績によるところが大きい。

 しかし、その島野氏は2007年12月に胃がんのため63歳で死去。2008年の星野ジャパンは田淵幸一ヘッド兼打撃コーチ(64)、山本浩二守備走塁コーチ(63)、大野豊投手コーチ(55)という布陣で臨んだ。中でも田淵氏と山本氏は、大学時代から星野SDの親友で、「仲良し内閣」とも揶揄されたが、その懸念通り、北京では結果を出せずに終わった。

 星野SDが楽天で成功するかどうかも、この参謀役を誰にするかにかかっている。すでに、元中日で楽天2軍監督の仁村徹氏(48)や、関川浩一氏(41)、種田仁氏(39)らの入閣が噂されているが、球界屈指の名参謀とうたわれた島野氏ほどの働きは難しいだろう。北京での失敗を教訓に、どのような内閣を作り上げるか。そこに星野政権の命運が懸かっている。



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[ 2010/10/07 09:57 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)
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プロフィル

I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes...or should I?

Author: 本間 普喜
(ほんま ひろき)

1963年5月7日、横浜生まれ
1987年、産経新聞社入社
職業:ライター
好きな食べ物:極上の本マグロ、アルコール類全般…
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