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出るか? 禁断の“タマ潰し”

 楽天・星野監督がドラフト2位の美馬を「タマがデカい」と絶賛。しかし、その「タマ」が早くも潰される危機に…。

 楽天は13日、仙台市内のホテルで入団会見を行い、星野仙一新監督(63)も同席。育成選手も含めた新人8人に「プロ野球に大いに貢献する選手になってほしい」とゲキを飛ばした。

 会場には球団ファンクラブの会員200人も招待され、星野監督自身のお披露目ともなったが、名言(?)が飛び出したのは、新入団選手発表終了後、報道陣に囲まれた際だ。

 「男の大小は体の大小では決まらない。タマや。タマの大きさ次第や。何を考えているんだ? おれはそんなこと(キンタマ)は言っとらん。肝っタマだ!」

 これはドラフト2位の美馬学(みままなぶ)投手(24)=東京ガス=について触れたもの。美馬は身長169センチと小柄だが、MAX153キロの速球と鋭いスライダーを誇る右腕。中大、東京ガスを通じて、主にリリーフを務めており、入団発表でも「楽天のストッパーになれるように頑張ります」と頼もしく抱負を語った。これには星野監督も「いいねぇ。あれくらいのことを言えるのは頼もしい」と目を細め、先の「タマの大きさ発言」につながったわけだ。

 メジャー帰りの松井稼頭央内野手(35)、岩村明憲内野手(31)と積極的に補強を行ってきた楽天だが、それでも楽天のウイークポイントとされてきたのが、「抑え」の不在だ。今季は川岸が13セーブ、小山が11セーブを挙げたが、いずれも“守護神”と呼べるような内容ではなかった。星野監督は「クローザーが欲しい。年内獲得にはこだわらず、3月まで待つという覚悟で追っていく。最悪、5月ごろから出てきてくれれば」と外国人投手の獲得を目指して来た。

 ところが、ここへ来て思わぬ誤算が…。ポスティングシステムでのメジャー移籍を目指していた岩隈久志投手(29)とアスレチックスとの交渉が決裂。岩隈の残留は戦力的には朗報のはずなのだが、それに伴う“副作用”が出始めてきたのだ。

 球団は再三、「(岩隈への)入札金をあてにしていたわけではない」と強調しているものの、財布のひもが固くなったのは確か。レギュラー級の遊撃手で、年俸5300万円で契約更改をすませていた渡辺直人内野手(30)を金銭トレードで横浜に放出したのもその一環だ。このあまりにも唐突なリストラ劇は、鉄平、草野、嶋が契約交渉後、報道陣の前で相次ぎ号泣する事態にまで発展した。

 こうなってくると、星野監督が望むようなバリバリの外国人ストッパーの獲得も難しくなってくる。となれば、美馬の1年目からのストッパー抜擢も十分あり得る状況だ。ところが、実は、星野監督には、新人リリーバーの起用にはちょっとしたトラウマがある。

 星野監督の中日第1次政権時代の1988年には、高卒ルーキーの上原晃をシーズン途中からセットアッパーに抜擢。防御率2.35の大活躍で優勝に貢献したが、2年目以降は血行障害のために伸び悩み、1996年に自由契約。広島、ヤクルトと球団を転々としたが、1軍登板のないまま1998年に引退している。

 また、1990年にはNTT東京出身の新人、与田剛が抑えを務め、31セーブを挙げる活躍を見せたが、翌年以降はひじ痛などに悩まされて成績は下り坂。結局2000年に引退し、「1年目で燃え尽きた男」とも言われた。

 さらに、1991年は住友金属から入団した森田幸一を主に抑えとして起用。10勝3敗17セーブの活躍で新人王を獲得したが、これも実働わずか4年の短命に終わっている。

 とまあ、星野監督は過去、これと見込んだ新人選手をフル回転させ、立て続けにぶっ壊してしまった苦い経験があるのだ。当時の星野監督は「潰し屋」とも言われたほど。それだけに、今回の美馬の起用にも慎重にならざるを得ないわけだ。

 「タマがデカい」と絶賛してみたものの、肝心の「タマ」が潰れてしまっては元も子もない。果たして、禁断の新人抜擢に踏み切るのか。それとも辛抱強く新外国人選手獲得を待つのか…。この日の星野監督は終始、満面の笑み。しかし、その笑顔に隠された闘将の苦悩は、意外に深いのかもしれない。


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[ 2010/12/14 09:08 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)
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プロフィル

I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes...or should I?

Author: 本間 普喜
(ほんま ひろき)

1963年5月7日、横浜生まれ
1987年、産経新聞社入社
職業:ライター
好きな食べ物:極上の本マグロ、アルコール類全般…
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