本間普喜のホンマのところ… TOP > 2011年05月06日                    お気に入りに追加

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小笠原に忍び寄る限界…

 絶不調だった巨人の小笠原が2000本安打を達成。これで吹っ切れるかどうか…。

巨人 1-2 阪神(5月5日、東京ドーム、観衆=45313人)

 今季初めて東京ドームで行われた巨人vs阪神の3連戦。巨人は3日の初戦で3-7の完敗。4日は伏兵・実松のサヨナラヒットで4-3と競り勝ったが、昨5日はドラフト1位ルーキー、沢村拓一投手(23)を援護しきれず、1-2で逆転負けし、勝ち越しはならなかった。

 だが、4万5313人の大観衆を大いに満足させたのが、小笠原道大内野手(37)が八回に阪神・小林宏から中前に放った通算2000本安打だ。名球会入りの条件でもある2000本安打は、日本プロ野球史上38人目だが、1736試合での到達は、川上哲治、長嶋茂雄、張本勲に次ぐ歴代4位のスピード記録となった。

 「ホッとしている。開幕からチームに迷惑をかけていたので、その中でも我慢してくれた監督、そして支えてくれたスタッフに感謝したい。早いといえば早いのかなと思うが、やはり勝負事なので簡単には打たせてはくれない」と話した小笠原。通算1675安打の巨人・原監督は「1つの登竜門とはいえ、達成したことに監督として敬意を表します。彼の良さはぶれない心。日ごろの努力を続け、一つ一つ積み上げた結果がこういう数字になった。さらに上を目指していってほしい」と称えた。

 とはいえ、ここまでの道程はとてもたやすいものではなかった。今でこそ、球界屈指の強打者だが、千葉・暁星国際高時代は全くの無名。高校通算本塁打は0本だった。NTT関東入社後、1996年のドラフトで日本ハム入りしたが、この時も3位指名で、それほど注目の選手というわけでもなかった。レギュラーに定着したのも3年目。小笠原を発掘した当時の日本ハム編成部長、三沢今朝治氏(70)でさえ、「アマ時代から、あれだけフルスイングし、かつミートする確率の高い打者は珍しかった。ただ正直言って2000本打つとは想像もできなかった」と明かす。

 だが、誰よりも早く球場に来て、誰よりも遅く球場を後にするという真摯な練習姿勢、常にフルスイングを貫くスタイルで、一歩一歩、一流打者への階段を上った。生涯打率.315は歴代5位。敵将の阪神・真弓監督をはじめ、多くのプロ野球関係者が小笠原の偉業を称えるコメントを出したが、そのほとんどが「彼にとって2000本は通過点。年齢からしても2500安打を目指せる」というものだった。

 その一方で、全く別の見方をしている関係者もいる。「2000本を目前にしたプレッシャーもあったのだろうが、年齢による衰えも隠せない」という指摘だ。大台まで残り11本で迎えた今季、達成は時間の問題だったが、開幕からまさかの絶不調で、17試合目にしてようやくの達成。ここまでの打率は、わずかに.169だ。小笠原は「過去にも似たような経験はあるが、貢献できず、自分の中でも歯がゆかった。自然と力が入っていたのかもしれない」と話したが、本当に不振の原因はプレッシャーだけだったのだろうか?

 「肉体的な衰えはまだないが、打者にとって一番重要なのは動体視力。こればっかりはいくらトレーニングを積んでも身につけられない。打者の多くが限界を感じるのは目の衰えから。小笠原にもそれが近づいているのかもしれない」と指摘する球界関係者もいる。

 確かに、昨年の秋頃から、小笠原はボール球に手を出すケースが目立つようになった。小笠原の自己ベストは日本ハム時代の2003年にマークした打率.360、本塁打は2005年の37本が最多だ。巨人移籍後の2007年以降、打率は.313、.310、.309、.308と微妙に下がり続けている。もちろん、3割を打ち続けるだけでも大したものなのだが、今季は打席でも以前のような迫力が感じられない。

 次の目標を聞かれ、「みんなの期待は、これから先の数字だと思うが、まずはシーズンの優勝が一番。それがないと先に進まない。まずはしっかりと2001本(目の安打)を打てるようにしたい」と話した小笠原。果たして、ここまでの不振が記録を前にしてのプレッシャーだったのか、それとも、年齢による衰えが忍び寄っているのか…。その答えは今後の打席にかかっている。

(成績は2011年5月5日現在)

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[ 2011/05/06 09:54 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)
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プロフィル

I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes...or should I?

Author: 本間 普喜
(ほんま ひろき)

1963年5月7日、横浜生まれ
1987年、産経新聞社入社
職業:ライター
好きな食べ物:極上の本マグロ、アルコール類全般…
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