本間普喜のホンマのところ… TOP > 2011年04月08日                    お気に入りに追加

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楽天、神戸の再現はなるか?

 楽天が東日本大震災後初めて本拠地の仙台入り。「がんばろうKOBE」の再現はなるのか…。

 楽天が7日、東日本大震災後初めて、被災した本拠地・仙台を訪問した。この日は午前中に甲子園で全体練習を行った後、伊丹空港から山形空港へ飛び、バスで約1時間かけて仙台入り。星野仙一監督(64)は、まず選手たちを家族が待つ自宅へ帰した。自身はその足で、田淵幸一ヘッド兼打撃コーチ(64)、佐藤義則投手コーチ(57)とともに避難所になっている仙台市若林区の六郷中学校へ向かい、被災者約230人を激励。一人ひとりと握手を交わした。

 「監督! お帰り!」の声とともに迎えられると、あっという間に子どもたちに囲まれた。次々と差し出される小さな手を握りしめながら避難所の体育館に入った。

 避難所はあちらこちらに段ボール箱が積まれ、雑然としている。そんな中、温かい拍手に迎えられて壇上に上がった星野監督は「何と言っていいか、言葉が見つからない。遅くなって本当にすみません」と深々と頭を下げた。声を震わせ、込み上げてくるものを必死でこらえた。「1日も早く、みなさんの所へ助けに行きたい気持ちでいっぱいだった。ただ、来る術もなく今、到着しました。日本のあらゆる所で、少しでもお役に立ちたいと思っていました」。

 3月11日の大震災発生後、楽天は仙台に帰ることができず、横浜、名古屋、神戸、福岡、札幌、大阪を転々とした。選手たちからは「仙台に帰りたい」との声が挙がり、星野監督も「すぐに仙台へ帰るべきじゃないのか?」と自問し続けてきた。4月12日の開幕まであとわずか。選手にとっては大事な最終調整の時期だ。指揮官は「現場を預かる身としては正直、悩んだ」という。「現地へ行って選手が『東北のために頑張ろう』という気持ちになるかもしれないが、被害を目の当たりにして『俺たちが野球をやってっていいのか』と迷ってしまうかもしれない。博打や」。だが、仙台の本拠地を置く球団として、被災者と心を共にすることを選んだ。

 昨年10月の就任会見で「東北を熱くする」と誓った闘将は、被災者を前にこう言葉を続けた。

 「若い人たち。頑張ってとか強くなってとかは言いたくない。今のときを我慢しましょう。耐えましょう。耐えれば必ず、強い人間になれる。我々は火曜日からペナントレースに入る。夏が過ぎ、秋になって、必ず皆さんに喜んでもらえるいい報告がしたい。すぐにKスタに来られないとは思いますが、来られるようになったら、さまざまな催しを考えています。最後に子どもたち、負けるなよ! しっかり頑張ろうな!」

 この言葉に涙ぐむ女性もいたが、星野監督は自らに言い聞かせているようでもあった。

 今回の震災と重なるのは1995年の1月17日に発生した阪神・淡路大震災だ。壊滅的な被害を受け、神戸に本拠地を置くオリックスのキャンプは自主参加となったが、2月には全員が宮古島に集まった。故・仰木彬監督率いるオリックスは「がんばろうKOBE」を合言葉にシーズンに臨み、チームは一丸となった。7月末には早々とマジックを点灯させ、9月19日には阪急電鉄からの球団譲渡後、「オリックス」として初のリーグ優勝を達成。2位のロッテに12ゲーム差をつける圧勝劇だった。

 この時、オリックスのベテラン投手だった佐藤コーチは、8月26日の近鉄戦でノーヒットノーランを記録している。佐藤コーチは「僕は神戸でも大きい震災に遭いました。そのとき、オリックスは優勝できました。楽天も期待をかなえられるように、勝てるように、みんなで力を合わせて頑張りたい」と16年前の体験と思いを重ねる。

 当時オリックスの投手コーチだった山田久志氏(62)は、ピンチになるとマウンドに駆け寄り、こう声を掛けたという。「袖についた文字を読んでみろ」。そこに貼り付けられていた「がんばろうKOBE」のワッペンは、オリックスナインにとってのお守りであり、勇気の源であった。ナインは事あるごとにワッペンに手を当て、被災者の苦労に思いを馳せ「負けていられない」と奮起した。

 楽天一行がちょうど仙台入りした7日の夜、23時32分には、宮城県北部、中部で震災後最大となる震度6強、マグニチュード7.4の余震が起きた。約394万世帯が停電し、けが人も多く出た。余震はその後、23時49分、翌8日の午前4時46分、5時47分、8時39分にも起き、楽天ナインはまざまざと震災の恐怖を体験することとなった。

 楽天ナインはきょう8日、4グループに分かれて5市町村の避難所を回り支援活動を行う。そして夜にはバスで12日の開幕戦が行われる千葉へ…。ほんのわずかな滞在ではあるが、被災者と心を共有するには十分だ。今季は左袖に「がんばろう東北」のワッペンをつけて戦う楽天ナイン。果たして、1995年のオリックスのように、被災者を勇気づけられるようなプレーを見せることができるかどうか…。


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[ 2011/04/08 09:21 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)
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プロフィル

I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes...or should I?

Author: 本間 普喜
(ほんま ひろき)

1963年5月7日、横浜生まれ
1987年、産経新聞社入社
職業:ライター
好きな食べ物:極上の本マグロ、アルコール類全般…
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