本間普喜のホンマのところ… TOP > 2011年04月                    お気に入りに追加

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由規、天国への1勝

 ヤクルトの由規が今季2勝目。試合前には仙台育英高時代にバッテリーを組んだ先輩の訃報が…。

ヤクルト4-1 巨人(4月27日、静岡、観衆=11646人)

 これで動揺するなという方が無理がある。27日、静岡・草薙球場で行われたヤクルトvs巨人戦。試合前から降り続いた雨の中、ヤクルトの先発マウンドは宮城県仙台市出身の由規(21)に託された。

 バスで球場に向かう直前、携帯電話が鳴った。電話の主は兄・史規さん(24)。仙台育英高2年の時、バッテリーを組んで夏の甲子園に出場した1学年上の先輩、斎藤泉さん(享年22)がこの日、宮城県石巻市で遺体で発見されたという知らせだった。

 由規は、3月11日の東日本大震災以降、安否確認情報サイトなどを利用して探し続けてきた。震災からすでに1カ月半以上が経ち、半ば諦めかけてはいた。しかし、登板直前に届けられたまさかの悲報。由規は言葉を失い、携帯電話を持つ手が震えた。

 「高校時代に思い切って投げられたのも先輩のおかげだった。僕にとって、すごく大きな存在だった」と由規は言う。

 仙台育英高2年の夏、由規とバッテリーを組んだのが斎藤さんだった。宮城県大会の決勝では東北高と対戦し、延長十五回まで投げ抜いて0-0の引き分け。再試合では7安打2失点で完投し、6-2で勝利。由規は2試合合計24イニング、374球を一人で投げ切り、仙台育英を5年ぶりの甲子園に導いた。この時、斎藤さんは「俺たち3年生部員で由規のために点を取ってやろう」と奮起を促し、再試合では自ら先制スクイズを決めるなど、由規を攻守にわたって支えた。

 その先輩がまさか…。練習前にはベンチ裏で呆然と立ち尽くす姿もあった。だが、悲しみに浸ってはいられない。雨による2度の中断、マウンドはぬかるむ悪条件。それでも「集中力を切らさないことだけを考えていた」と試合に集中した。二回1死三塁ではスクイズを決められて巨人に先制を許したが、その裏、ヤクルトは畠山がリーグトップタイの6号ソロを放って同点とし、バレンティンの4号ソロで勝ち越し。ナインも由規を盛り立てた。

 決して本調子ではなかったが、その後は最速154球の速球を低めに集めて粘りの投球を続け、5回4安打1失点。鬼気迫る72球で巨人打線を封じ込めた。マウンドでは喪章のついた左袖に何度も手を当て、試合後は勝利の輪の中で一人、静かに夜空を見上げた。

 小川監督は「何回も中断があって悪いコンディションの中、選手たちが集中力を持ってがんばってくれた。由規はあまり調子は良くなかったけど、その中で抑えてくれた」と健闘を称えた。

 仙台育英高時代の恩師、佐々木監督は「震災後、由規は変わった」という。「自分の悩みがどれほど小さいかを知ったんじゃないかな。地元のOBや後輩はみんな、由規の活躍を見ている。頑張ってほしい」。

 天国の恩人へ贈る大きな1勝で、ヤクルトは8連勝。ガッチリと首位をキープした。試合後、由規は涙も見せることなく、明るい表情でバスに乗り込んだ。大雨にもかかわらず、「プロに入ってから、まだ雨で中止になったことがないんですよ。自分は晴れ男だと思っています」。震災を乗り越えて大きく成長した21歳が、ヤクルトを引っ張っている。

(成績は2011年4月27日現在)


[ 2011/04/28 09:00 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)
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プロフィル

I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes...or should I?

Author: 本間 普喜
(ほんま ひろき)

1963年5月7日、横浜生まれ
1987年、産経新聞社入社
職業:ライター
好きな食べ物:極上の本マグロ、アルコール類全般…
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