本間普喜のホンマのところ… TOP > 2010年11月08日                    お気に入りに追加

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中日にとどめを刺したプロパンガス男

 年俸440万円で共稼ぎ。ロッテの下克上を演出したのは、2年前までプロパンガスを運んでいた男だった…。

 ロッテが「史上最大の下克上」を果たした。3勝2敗1分けと王手をかけて望んだ7日の日本シリーズ第7戦(ナゴヤドーム)。延長十二回、4時間56分の死闘の末、ロッテが8-7で中日を破り、5年ぶり4度目の日本一に輝いた。

 もちろん、公式戦3位からの日本一は史上初。MVPは打率.444、6打点の今江敏晃内野手(27)が2005年に続く2度目の受賞となったが、むしろ、下克上を象徴するのは、第7戦で決勝打を放った伏兵・岡田幸文外野手(26)だろう。

 延長十二回二死二塁。中日が誇るセットアッパー・浅尾拓也(26)の149キロの速球をとらえると、前進守備を敷いていた右翼・野本圭(26)の頭上を越え、決勝のタイムリー三塁打となった。

 「真っすぐだけ狙って、1、2、3で振りました。前進守備だったので思いきり振ろうと強い気持ちで打席に入った。正直信じられません。大先輩とこうやって一緒に同じ立場にいられるなんて…」

 西村徳文監督(50)と主力・殊勲選手だけが呼ばれた記者会見に同席し、戸惑い気味に顔を紅潮させた。

 作新学院高を卒業後、日大に進学したものの、3カ月後に左ひじを痛め、全治に1~2年かかると診断されたことから、退学を決意。故郷の栃木へ帰ってクラブチームで野球を続けるかたわら、足利ガスの契約社員としてプロパンガスをトラックに積んで運搬する仕事に就いた。日大の同期には巨人の長野久義外野手(25)がいるが、スター街道を歩いてきた長野とは対照的な苦労人だ。

 転機となったのは2008年秋。50メートル5秒6の俊足を見込まれて、育成ドラフトの6位でロッテに指名された。既に結婚して2人の子供もいたため、夫人の由美子さん(37)からは反対されたが、「2年だけやらしてくれ」と説得しプロの道に足を踏み入れた。

 2009年3月に支配下登録され、背番号は132から66になったが、1軍出場機会はなし。そして、2年目の今年、6月に同じ俊足巧打タイプの荻野貴司外野手(25)、早坂圭介内野手(26)が負傷離脱したため、初めて1軍に昇格。ロッテの育成ドラフト選手としては初の1軍登録となった。今季の公式戦は72試合の出場で打率.176に過ぎなかったが、俊足と好守を買われ、第2戦からスタメンに抜擢された。第7戦では四回にもタイムリーを放つなど、6打数3安打2打点の活躍で日本シリーズ通算打率は.320。ロッテの日本一に大きく貢献した。

 そんな岡田にとって、掛け替えのない存在が2人いる。1人は、厳しく打撃指導してきた金森栄治打撃兼野手チーフコーチ(53)で、岡田は「付きっきりで打撃指導してくれた恩師。金森さんがいなかったから、日本シリーズには出られていません」という。そして、もう1人は、自分の夢を支えてくれた由美子夫人。「2人の娘を抱えて不安もあったと思う。それでも、ぼくのわがままのために家庭を守ってくれた。『ありがとう』って言いたい」。

 岡田の今季年俸は440万円。由美子夫人も足利市役所で働いており、球界では珍しい共働きプレーヤーだ。夫人との約束通りに2年目で結果を出して見せた。育成からはい上がり、大舞台でヒーローに。陰で支えてきた由美子夫人の苦労もきっと報われることだろう。



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[ 2010/11/08 09:24 ] スポーツ プロ野球 | TB(0) | CM(0)
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プロフィル

I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes...or should I?

Author: 本間 普喜
(ほんま ひろき)

1963年5月7日、横浜生まれ
1987年、産経新聞社入社
職業:ライター
好きな食べ物:極上の本マグロ、アルコール類全般…
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