本間普喜のホンマのところ… TOP > 2010年03月                    お気に入りに追加

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雄星狂騒曲、重すぎた“救世主”の虚像…

 「20年に1人の逸材」と呼ばれた西武・雄星(18)=花巻東高=の実戦デビューはほろ苦いものだった。9日の教育リーグ・巨人戦(西武ドーム)で昨年9月の新潟国体以来の実戦マウンドに上がったが、2回を3安打3四球3失点と、プロの洗礼を浴びた。

 昨年秋のドラフトでは6球団が競合。メジャーからも注目を浴びたとあって、スポーツマスコミはこぞって雄星を大きく取り上げた。入寮の際に、ジャージー以外の私服を持っていなかったり、小遣いが1日1000円であったり、大の読書家であったり、マジメで素朴なキャラクターが“最近には珍しい若者”として格好の話題となった。スポーツ紙各紙はわざわざ「雄星番(担当)」を置くほど、その一挙手一投足を追い、他球団のルーキーがすっかりかすんでしまうような扱いだった。

 いささか過剰気味とも思える報道だったが、もちろん、マスコミ側にも事情はある。何しろ、ここ最近のプロ野球界はスター不足。テレビのナイター中継もどんどん減って、コンテンツとしてのプロ野球は危機的な状況にある。加えて今年はバンクーバー五輪もあり、6月にはサッカーのワールドカップも控えている。そんな状況の中で、雄星の出現は“球界の救世主”的な存在だったわけだ。

 まさに“マスコミがスターを作る”という構造だ。だが、18歳の若者に、その期待はあまりにも重すぎた。

 先行する報道とは裏腹に、キャンプではフォーム作りに試行錯誤する日々。西武首脳陣も早々と即戦力としての起用はあきらめて、2軍でじっくり育てる方針を打ち出した。キャンプこそ1軍スタートだったものの、2月28日に2軍落ち。そして、2軍での実戦デビューも厳しい結果だった。

 だが、雄星にとってはむしろ、よかったのではないかと思う。ありのままの現在の力を示したことで、過剰気味だった報道も一段落するはず。今後は周囲を気にすることなく、じっくり自分のペースで調整できる。

 雄星を指導する小野和義2軍投手コーチ(44)は「人なんて1、2カ月で変わるものではない。1年目は体力作り、2年目に試合で出し始めて、3年目に経験を積ませて、4年かけるぐらいの気持ちで。こっちとしては2軍になんていたくないと思わせないといけない」と、じっくりと育てるつもりだ。

 マスコミが作り出す虚像などは、あっけなく崩れ去るもの。「20年に1人の逸材」が実力でスターの座をつかむまで、われわれとしても気長に待ちたいものだ。(本間普喜)

(2010年3月9日付 産経新聞運動面に掲載)

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[ 2010/03/09 09:03 ] スポーツ | TB(0) | CM(0)
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プロフィル

I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes...or should I?

Author: 本間 普喜
(ほんま ひろき)

1963年5月7日、横浜生まれ
1987年、産経新聞社入社
職業:ライター
好きな食べ物:極上の本マグロ、アルコール類全般…
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